「夏フェス革命」を読んだのでレジーさんと色々話してみた

レジーさんの「夏フェス革命」を読んだので、本を読んで改めて考えた事など、レジーさんとメールインタビュー形式でお話した。 

夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー

このブログではレジーさんのブログのことは度々紹介・言及してるので本ブログの読者の方は知ってる方も多いだろうけど念のため紹介しとくと会社員兼音楽ライターで、2012年に書いたロック・イン・ジャパン・フェスティバル(RIJF)に関する記事がブレイクしてその後しばらくしてから執筆活動との二足の草鞋を履くことになったので今回の本はある種の総括的な意味合いもあるかなとか思ったり。

本の内容をざっくり書くと1998年にフジロックが始まって以降の現代フェス(つま恋のフォークフェスなどと区別するため僕はあえてこう書きます)の隆盛と発展、そして変貌を筆者自身が第1回から毎年欠かさず通っているRIJFにフォーカスを当てつつ読み解いているというもの。特にフェスの変貌については参加客の傾向からニーズを読み取りキャッチアップ・対応していく「協奏」という概念が提唱されているというのが本書のキモ。あとは実際に本を読んで頂くのが良いと思うけど、現代の「フェス」、それも「ロッキング・オンのフェス」を題材に消費行動の変化・音楽需要の変化などを切り取ろうとした意欲作です。

本来は年初くらいにやろうとしていたんですが、こちらの都合で随分遅くなってしまいました。

●「協奏」と「フェスというビジネスチャンス」について

この本の中核となる「協奏」の概念には多く話を割きました。

たにみやん→レジー

この本の中核となる概念である「協奏」はRIJFを始めとするフェスの参加者の広がりをうまく説明した概念だと思いますが、フェスのような「複合的な価値を束ねて提供するもの」だからこそ活きる話でもあるのかなとも感じました。単一消費財には転用はなかなか難しいですね。

また、RIJFに毎年行っているレジーさんとは対照的に僕は2008年〜2016年までCDJに行き続けてました(去年は後の方になってからチケット取ろうとして失敗しましたw)が、近年企業ブースに一定の傾向が見られるように感じます。
・30〜40代以上がよく見る映画(スターウォーズシン・ゴジラ
・若い世代があまり持っていない耐久消費財メーカー(ダイハツマイクロソフト
・若者が離れているといわれるタバコ製造のJT(これはずっと昔からいますがw)
こういったアプローチは他のフェス含め今後も増えて行くと思いますが、少なくともCDJで行われているそれは「協奏」的な発想とは真逆な真正直すぎるマーケティングにも思えます(各ブースでやっているいことは千差万別であるんですが)。どれもどううまくいったとかそういう話が全く残っていないのですが、レジーさんはフェスに対するスポンサーシップは(短期・中長期問わず)ビジネスチャンス・フロンティアだと思いますか?(個人的にはアウトドア商品やらの周辺産業の方が筋が通ったビジネス機会だと思ってます)

レジー→たにみやん

単一消費財の件については、本書内でもメントスの事例を挙げたように、SNSと絡むことでそっち側への広がりが出てくるのかなと思っています。
この辺はよく言われる「モノ消費からコト消費へ」的な話かと思いますが、自分なりに噛み砕くと「ユーザー側の行動まで織り込んだ文脈を提示することで、“モノ”を買う瞬間だけでなくそれを使うシーンまでデザインする」ということなのかなと。(→さらに、使われた状況をビジネスサイドが取り込んでいくことでもともとの文脈を拡張、強化する)今回はフェスというイベントを起点に「協奏」という概念を導き出しましたが、個人的にはこの着想は(手前味噌ですが)これからの時代のビジネスやエンタメを考えるうえで重要な視点になってくると思っており、継続して掘り下げていこうと目論んでいます。

スポンサードの話もこれとつながっていて、たにみやんさんが挙げていただいたようなCDJのケースは単に「デモグラとしてターゲットになる層が来るところで露出してみよう」「あわよくばSNSで拡散してくれるかも?」というだけの話になっているように思うので、この手のやり方は「ちょっと認知高まったかもしれなくてよかったね」くらいの効果しかなさそうですよね。なので、ご指摘いただいたようなアウトドア商品だったり、あとはアルコール系(これはジーマとかいろいろありますが今のところ基本は売ってるだけですよね)だったり、フェスとちゃんと文脈をつなげられるジャンルにこそ「フェス×スポンサー」のフロンティアがあるのかなと。

 

ここは一番議論が長くなった箇所で、僕が「メントスコーラの動画でバズってもメントス自体がおいしくなったりとかするわけじゃないよね?」的な疑問をぶつけたところから話が展開している。そもそも材そのものの価値だけで測るもんでもないでしょって話で、若干ここは僕が九世代的な考えに囚われているかな、と思った次第です。とはいえまずはエンタメ方面で先行しそうな考えかな、とも。とはいえ、水島弘史シェフが提唱し勝間和代さんが最近推奨しているロジカルクッキングなんかも調理家電の再定義につながる話になりそうで、「思わぬ使い方」から世界が広がる話はまだまだそこらに転がってそうとは思う次第。

あとフェスの経済効果を図る際にアウトドアグッズなどを周辺産業として測ることとかも大事なんじゃないかな、と思ったり。物事は単一のものにおいてのみ成り立ってるものではないですよ、と(そのまま前半の自分の発言にブーメランとして跳ね返ってくる)

こういう話をすると、やはりこの本は「音楽を題材にしたビジネス書」として捉えるのがベターだなあと思ってくるので、そう感じたことを素直に話しましたところ…

たにみやん→レジー

この本を読んで感じたのは「音楽を題材にしたビジネス書である」ということです。そこは狙い通りだと思いますが(笑)。個人的にはフェスの功罪について迫っている4章が本体です。ここの話はもっと読みたいですね。

レジー→たにみやん

「音楽を題材にしたビジネス書」のつもりで書いていたのですが、現状その観点で楽しんでもらえる人全員に正しく到達したかなというと正直まだまだだなという実感があります。上記の通り「協奏」の話も含めて、そっち側でこの本をどう価値化するかというのはもうちょい考えたいですね。

 

読んでレビュー上げている人が割と「この本は音楽を題材にしたビジネス・社会分析の書」的に書いているのが多いのでバイアスかかってたけど、実際のところはそうでもないと。 ここは音楽の話にビジネスの話を持ち込むと怒る人が多いところからすると、息の長い話かなとも思うところ。

 

●フェスと音楽の話Update版

ビジネス面の話が一息ついた所で、音楽的な面についてもお話をしました。

たにみやん→レジー

一体感のくだりの中でラウドロック系のバンドが様々なフェスで一定のポジションを確立しているという点が抜けているのは少し惜しいと感じました。リフ主体の体感重視サウンドでみんなで騒ぐというのは四つ打ち以降の現代的な音楽受容にも感じます。

レジー→たにみやん

確かにそうですね、そう言われてみると一体感周りのくだりは3~5年くらい前の認識をちゃんとアップデートできずに書いてしまっている感じはありますね。
ラウド系のバンドの動向を触れられていないのとエアジャムや京都大作戦のようなアーティスト型のフェスの話を組み込めていない(この辺は柴さんから受けた指摘ですが)のは、フェスを語る本としては手落ちかなと今振り返ってみて思うところです。

 

本書において述べられていた「一体感」の話では「四つ打ち」を主体にした若手ロックバンドについて述べられていたけど、それらのバンドはある程度(人気はあるけど)落ち着いた感もある。そして、ここ数年のフェスにおいて頭角を現し一定の位置を占めているのがいわゆるラウドロック系(ピコリーモ・メタルコア等)。例えばSiM・coldrain・Fear, and Loathing in Las VegasROTTENGRAFFTYCrossfaithなどの名前が挙がる。基本的にリフ重視の轟音でそこそこテンポ速い、ブレイクダウンが入るなどの特徴があって、とても体感的な音楽であるというのが特徴。そこからの発展系として、最近人気を増しているヤバいTシャツ屋さん・打首獄門同好会などはそういったラウドっぽいエッセンスを取り入れた轟音サウンドにコミカルで覚えやすい歌詞を加えることでフェスで急速に人気を獲得し、打首獄門同好会は単独でも日本武道館公演をできるくらいまでに、ヤバTはNHKにも取り上げられるほどに一気に成長した、というのが去年くらいまでの流れ。この辺が入ってるとなお良かったなあと思う所で。

AIR JAM京都大作戦などのアーティスト主導型のフェスに対しては確かに欲しかった所だったりするけど、本書のテイストからするとむしろ氣志團万博イナズマロックフェスの方がすんなり入ったんじゃないかなという気もしたり。特に後者は地元創生・町おこし的なニュアンスもあるので、さらに色々話が広がるのではないだろうか。

そんな風に他のフェスの話が出てきた所でこんな話も。

たにみやん→レジー

日本におけるフェスのお手本としては真っ先にフジロックが挙がる気がしていますが、それを初代Pが公言していたTOKYO IDOL FESTIVALはブッキング面ではRIJF化しているように感じます(過酷さを改善する気持ちが特になさそうなのはフジロック的なのかもしれませんが)。

レジー→たにみやん

これは「名前としてイメージする“代表的なフェス”はフジロック」「中身として無意識のうちにイメージしてしまっている“定着したフェス”はRIJF」というようなギャップを示す好例のように思いますね。夏フェス革命でロックインジャパンに関してページ数を割いたのは、自分が語れるからというのとあわせてそういう「本当に“フェスの代名詞”になっているフェスはひたちなかでは?」という投げかけをしたかったというのもあります。

 

「本当に“フェスの代名詞”になっているフェスはひたちなかでは?」という話は結構重要で、さっき氣志團万博イナズマロックフェスの名前を出したのもその流れがあったから。BABYMETALが2016年4大夏フェス全てに出演したが、今年はBiSHが多くの夏フェスに出るだろう。アイドル以外でも、例えばMISIAが今年フジロックに出る事で4大夏フェス全部に出たことになる。日本の各フェスは独特のポリシーを備えているところもあるけど、それと並行してひたちなか的なブッキングにはどこかでなっているのではないかとも言える。

TIFに関しての指摘は最初はアイドルの多様性を提示するイベントとして始まったはずがここ2・3年くらいは48&46・スターダスト等のアリーナクラスができるグループがどんどん出るようになってマスプロモーションでそちらばかり打ち出されている点に対するもの。イベントの趣旨が良くも悪くも変質しているのかなと感じさせるところだなあと。フジテレビの地上波で一部中継したりなどマスに提示して行こうとするのであればこの流れは不可避なんだろうなとは感じるところ。まあまだ「TIFで見つかる」みたいなことは起きているので価値を失っているということはないと思うけど。

 

他にも色々話したいことはあったけど、こんなところで。先週末のARABAKIから今年もフェスシーズンは始まったので、フェスを楽しみつつもその背景で動いている流れとかに目を向けてみるとよりフェスを楽しめる(あるいは広い心でフェスに臨める)のではないかなと思う。音楽と社会・音楽とビジネスという切り口からすると今マストなやつなので、是非読んでみてくださいな。