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僕が音楽のことをブログに書く理由、新しい音楽を聴き続ける理由

Music

殆ど自分の話をする。

別に昨日ブロガーサミットがあったから書くわけではなく、先日こんな電子書籍を買ったわけですね。


いま、音楽批評は何を語るべきか

この本の構成は宇野常寛さんが主宰している「PLANETS」市場で行われた音楽座談会2回とレジーのブログのレジーさんへのインタビュー記事の3本立てとなっている。ぱっと読めるからおすすめなんだけど、これを読んで改めて自分がブログを書いてることとか音楽聴いてることとかの立ち位置について再確認したくなったのでちょっと書いてみようかと思った。

●「音楽批評」は面白くないけど音楽について突っ込んだ話がしたい

宇野さんが2回ある音楽座談会で最初に提示している議論のポイントは3点あって、「日本の音楽雑誌で展開されている音楽評論がターゲットにしている音楽の範囲は狭い」「ROCKIN'ON JAPAN的な「自意識ロック語り」、音の中だけを語ろうとする「音響系語り」、どちらもリスナーに届く物として有効性を持ち得ていない」「やたら海外を持ち上げて日本DISする評論家がいる」という話。3点目についてはもう有効性がないよね、という話で落ちがついてるので良いんだけど、前二つについては僕も思っていて、それもあって僕自身殆ど音楽雑誌を読まずにこの年まで育ってきた。

特に中学・高校の時に聴いていた音楽がビーイング系中心でRO系とは全くターゲットがずれていたってことが大きいと思うんだよね。大学の時は音ゲーと飲み会でお金なくてポップス・ロックの新譜を追っかけたりする金銭的余裕がなくて、その辺りのことは全部後追い。なわけで、いわゆる日本のメジャーな音楽雑誌がターゲットにしている音楽を聴くようになったのは就職してから。その頃にはインターネットが出てきてたから雑誌がなくても情報得られるようになってて、そもそも音楽雑誌買う必要なくなってて今に至るという話。でもここまで音楽に傾倒しているんだから音楽雑誌買ってディープなところを知りたいんじゃないの?という風になるかもしれないんだけど、僕自身はミュージシャンのパーソナリティ自体には殆ど興味は無い。これは僕が中学生の時にビートルズにはまっていてその後ずっとビートルズマニアであったことが影響しているんだけど、ミュージシャンがどんな人かということと作品自体の評価は別だと思っている(ビートルズのメンバーははちゃめちゃだっただからね…特に公式自伝的な位置付けの「アンソロジー」を読むとLSDキメた話ばっか書いてあって結構引くw)。とはいえ、学校の音楽の成績がそんなよくなかった僕には音響系の説明は難しい。というわけで音楽雑誌で展開されている議論には興味を持てないでいた。

だけど、ちょっと突っ込んだ音楽の話はしたい。ただ無条件に「よかったよねー」とかいうんじゃなくて、どこがどうよかったかくらいのもう少し具体的な話がしたい。「○○の新曲はこういうところが□□になってていい」とか、「○○の影響が垣間見えておもしろい」とか、「多分こういう意図があると思う」みたいな。あとは複数のミュージシャンを縦串、横串にした話とか。敷居の高くない、ゆるいけどちょっと突っ込んだくらいの音楽トークがしたいなあと思ってる。まあいつもくどくど言っても疲れるし、理屈を超越して聴いた瞬間に稲妻に打たれたように「ああ、これすごく良い!」ってなる物はたくさんあるからそれはそれでTwitterとかでバシバシ言うようにしてる。

それをフルパワーで書いたのがブログな訳だ。いつも長すぎてちょっと酷いなあと思ってる。ホントだって(笑)。とはいえ、自分が思った通りに話をしたいと思っていることをそのままストレートに反映しているつもりではある。特に今年になってからは、ディスクレビューなんかを書くときにはCDを聴いたことのない人にも分かるようにしようとしてる。まあ自分が面白く書けたなと思うかどうかがまず大事だけど。(よく書けたなあと思った物は何度も見返す。そして誤字を発見するw)

Twitterでは細々した感想を書いているので、それとはちょっと違う、まとまったことを書くツールとしてこれからもブログは使いたい。もう少し短めの(2,000字くらいの)エントリも書こうとは思っているんだけどw

●まだまだたくさん音楽を聴く理由

大学卒業して就職してから毎年50枚くらいのアルバムをコンスタントに買って、ライブ行く回数は年々増えてるんだけど、まあ同世代の昔からの友達でここまでのペースで活動してる人はあまりいない。レジーさんのインタビューの所でちょっと上の世代くらいまでの「文化が好きな人」にとって音楽は教養の必須科目だったけど20代以下ではそうではなくなっているという話をしてた。むしろそこに加えて時代と共に音楽が教養の必須科目ではますますなくなってるということを日々痛感している。

ここで半年前のブログでも取り上げた音楽との関わり方の変化を取り上げたデータを。

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要はお金払っても音楽聴くよっていう層と、無料のツール使って聴いてるよっていう層、その中でも知ってる曲しか聴かないよっていう層、そして音楽にそもそも感心ないしっていう層の推移を表している物なんだけど、ここ数年で既知楽曲だけ聴ければいいよって言う人の割合が増えている。これ年代別に見ると30代からグーンと伸び始めるんだけど、おそらく大容量の音楽プレイヤーが普及したことが一因としてありそうだ。あとはこの世代から結婚・育児でそう言うのに気を配れなくなることとかかな。まあいいや。

この年まで音楽聴いてるとまあだいたい自分の好みとか固まってきちゃうもんだと思うから既知曲だけでいいやって思っちゃうんだろうけど、自分としては新しい物は常に見ていないと落ち着かないし、まだまだ自分の気に入りそうな物はその辺に転がっていそうだと思っている。それに会わずにルーティンで音楽聴き続けるとかもったいない。本の多読とかと同じく、音楽ライブラリの曲数が多いことはちゃんと聴いてないとかなんか色々DISられること多いけど、決してそんなことないよ。ちゃんと聴いてるって。なんなんだろうね。この「じっくり丁寧」信仰。そういうのが大事なことがあるのも分かってはいるけど、ケースバイケースでしょう。

ただ「好きだから」で済ませるのは簡単だけど、いつも思っていて特に言う機会もなかったことをこの機会に言ってみた。

 

因みにこの電子書籍の中身だけど、座談会は今の音楽の捉えられ方の定点観測としてとてもいいんじゃないかなと。そしてレジーさんのインタビューは同じリスナーとしてうなずくところがあると共に、音楽好きでちょっと語りたいことがある人へのエールになっています。そんなに時間をかけずに読めるのでぜひ。