たにみやんアーカイブ(新館)

音楽について何か話をするブログです

20代最後の1週間に思うこと〜東日本大震災から3週間経ってのまとめ〜

年度末というのは4月7日生まれの僕にとっては「自分の歳の終わり」でもあり、割とこの時期に自分の1年を振り返ることは多い。でも、今年はそういう振り返りの時期にものすごい物が来てしまった。そう。東日本大震災

会う人会う人と「あのとき何してた?」が合い言葉になってしまっている最近。因みに僕はあのとき都内某所でプレゼンしてた。まさに自分がプレゼンしてるときに地震が起きるとはね。因みに、今まで僕が体感した中で一番大きい地震は1993年に札幌で体感した北海道南西沖地震で、今回は長いこともあってそれを超える物だったと思う。

それからもう3週間が過ぎたわけだけど、なんとも漠然とした不安感がぬぐえないのが実情。色々な考えが巡ってくるし余震はおさまらないしもうなんだかなあという感じ。というわけで考えているいろんな事をぶわっと書くことにした。切込隊長の良エントリにもちょいと刺激されつつ。

●帰宅難民になった! 例により僕も帰宅難民と化した。酒盛りしてたけど。それにしても鉄道の動かなさとは壮絶だったね。鉄道って全部繋がっててダイヤとかあるからどっかが寸断してたら全て響いて来ちゃうから、点検が必要なのだとは鉄道会社に勤める友人の談。とすると都内しか運行していない地下鉄が真っ先に復帰したのは割と合点がいく話。そうなると運行距離の長いJRと東武鉄道はかわいそうな話になるよね。両者ともかなり被災地近くまで伸びてるし(JRは入ってるか)。それにしても東北新幹線が一人のけが人も出さなかったってのはすごい話。これは世界にこれから売り出すにあたりセールスポイントになると思うよ、ホント。まあ結果僕は翌日ものんべんだらりと過ごし、夕方前に帰宅。電車では一切苦労しなかった。待ち時間が長かっただけで。そういうわけで土曜日の午前中にあったといわれる地獄ラッシュには遭遇せず。帰れないなら帰れないで、家族の安否が確認できてるんだったらみんな余裕持ってもいいんじゃない?とか思ったりするもんだけど。まあそこは僕が朝シャワー浴びられるような環境にいたからっていうのも少しありそうだけど。

●テレビとかネットとか情報ソースの話 基本的に今回はTwitterNHKとあとは少々のUst/ニコ生が僕の情報ソースだったんだけど、色々考えさせられるところがあった。土曜日になって、国内の至る所まで災害の全貌が伝わった辺りから、Twitterがおかしくなった。安否確認情報の嵐。有名人をハブとした公式RTの嵐。なんか色々しんどかった。誰かが「堀江さんがすべからくRTしてるのはTwitterにおけるノブレス・オブ・リージュだ」っていっててなるほどなあと思った。しかし、堀江さんくらいならともかく、Twitterで数千〜数万くらいのフォロワー持つ人に拡散してもらって安否確認するのって、そんなに効率よくない気がするんだけどな。RTした有名人の方々はお疲れ様でした。僕には真偽を確認できないからと表明して断ってた方もいらっしゃるけど、いいと思います。 テレビはやはりNHKが正確だったし、情報も一番丁寧に流してくれた。民放の報道機能はちょっと劣化してないかな…見てもなんかすぐNHKにチャンネルを戻したくなってしまった。あとは東電の記者会見とかはニコニコ生放送を見た。リビングで親のPCで。やはりというか親はニコ生のことは知らなくて、怪訝そうな顔で見てたけど、ずいぶん有益だったというようなことをいっていた。計画停電とか電車の運行とかネットで一番早く取れる情報は家では僕が収集役みたいな感じになってて、その辺改めてデジタルデバイドというのが浮き彫りになったような気がする。計画停電の情報を日曜日の夜の10時過ぎてから出されて、自分がどのグループ化をすぐに把握するのは容易ではない話。しかも情報が多すぎてテレビでは流しきれないし実際にはそのほんの一部しか自分にとっては必要ない。これは著しくテレビに不向きなコンテンツ。直後に報道ステーションで流してたけど、アレを全部見切った人はいるのだろうか(古館の誤読が酷かったというのもあって見るに耐えなかった)。 だからといってネット万能論を唱えるつもりはなくて、マスメディアとネットメディア(特にソーシャルメディア)の役割の相互補完性っていうのが今回ある程度示されたのではないかと思っている。コンパクトな情報とコンパクトになれない情報。受けられる情報と取りに行くべき情報。この辺りが分かれ目なんだろうな。 とはいえ、今回の一連の流れで、マスメディア・ネットメディアの両方を通じて日本人のバカな面が可視化されてしまったような気がしてる。知性を信じられないというか科学や論理を信じられないというか、脊髄反射的な行動がなされているのをテレビもネットもいぶりだしてた。結局一連のエネルギー・放射能パニックの収拾を政府じゃなくて池上彰が連日どっかの民放局に出て解説する事で行うっていうのは結構衝撃的というか、おどろいてしまった。とりあえずブルーバックスの無料公開でも読んで勉強しようね

東電原発問題 この件は、分けて考えないと話がどうしてもこんがらがってしまう。東電(と政府)がヘマしてJAL並みになってしまっている件と、原子力発電所をどう考えるかという問題は、ある程度の関連性はあるにせよ、独立した事象として考えないといけないと思う。 まず東京電力の稚拙さだけど、原発の初動対処にしくじり、計画停電の告知にしくじり、恥の上塗りを重ねたわけだけど、いかに日本の企業組織にマネジメントとシステムが足りていないかということをまざまざと見せつけてくれてしまった。この人達自分たちの事業内容わかってるのかな?昨日の記者会見では勝俣会長は原子力を今後も推進していくといっていたけど、今のこの状況下では原子力の推進どころか定期メンテ中の柏崎刈羽の残りの3機を前倒しして動かすことすら困難だということがわかっているのだろうか。トップが市場と乖離していってしまうのは大企業の宿命だけど、ここまでなってしまうと恐ろしい。他の会社には十分に勉強になったのではないか。それから、「計画停電」の「無計画さ」はそれこそ失笑物で、普段から体系立ったシステムになってないことが今回のぐだぐだな計画停電に繋がってて、体系立ったモニタリングとかもっと積極的に出来て然るべきよね、と。 そして福島原発保安院東京電力の説明が全部正しいとは思っていないけど、事態はこのまま一進一退というか一進0.9退位で時間をかけて終息していくことになるのではないかと思う。ていうかまず廃炉だよなあ。海水を入れた次点で廃炉はもう最有力の選択肢となるわけで、そこから2週間位してようやく廃炉を認めるというのは筋が悪い。 ただ一つ言いたいのは、どうして40年物の福島第一原発を今に至るまで使い続けてなければいけなかったのか。それこそもっと安全性の高い設備に全面換装することも出来たはずだけどそれは反対派がそれを許さなかったからではないだろうか。そして次世代自然エネルギースマートグリッドなどについては何故今までもっと本腰を入れて出来なかったのだろうか。というか、今からでも遅くないので、この点については整備を急速にしなくては行けないと思う。その辺については後述するけど、この辺の失敗を認めたくないから東電とかはあくまで原子力、なのかね。

●節電とエネルギーと次世代と 福島第一・第二原発の完全沈黙と火力発電所の広範囲にわたる停止により、電力が足りないという今まで経験し得なかったことが起きた。ひとまず産官民含めた節電努力で、なんとか急場は乗り切った。当面計画停電はないだろう。ただ、これでいいのだろうか。日本人のDNAには節約の心が染みついていても「MOTTAINAI」という概念が英語になる位でその美徳とかは認めるんだけど、それにもたれかかって考えることを放棄してはいないかと思うのだ。このまま節電を続けるのではなくて、エネルギー効率を高めることとエネルギーのフレキシビリティを高めることにとにかく注力すべきだと思う。具体的には3点。

  • 家電エコポイントの復活。厳格にする代わりに高インセンティブにする。
  • 太陽光発電への補助金制度の復活。
  • 60→50の変換装置の公的資金による建設。

経済も活性化するしこういう所からやるべきなのではないか、と思う。若干ポジショントーク乙な感じだけど。いずれにせよ、今までの電気が天から降ってくるような状態は少なくとも関東では当面来ない。東京電力はおそらく新規に急場しのぎの発電所を作ろうとはしていなさそう。次に作るのも原発と考えていそう。しかし原子力発電所は向こう30年は日本では建設できないと思う。僕は原発反対派ではないけど。結局社会のフレキシビリティを高めるという部分で急速にスマートグリッドとか電力自由化とか進めていくのが筋だと思う。それでイノベーションを産み出し、経済を活性化させるのが一番いいと思うんだけどなあ。

●自宅待機して思ったこと 自宅待機しても仕事できない訳じゃないと思うんだよね(もちろん職種によるけど)。停電とかもあった事を教訓にテレワークを今後推進してほしいと思うし、時差通勤とかフレックスとか推進してほしいなあとも思う。ていうか電車が減らされた中で結局通勤時間は同じだからということで一時期17〜18時台辺りの混雑が深刻になっていた。僕は敢えてその時間帯は外し続けたんだけど、逆に快適すぎてびっくりした。雇用形態・働き方とかについてもバッファみたいなのを作らないと持たない時代が来てしまっていると思う。夏に超ぎゅうぎゅう詰めで電車乗ってしかも空調ついてないとかなったら確実にみんな気分悪くして仕事どころじゃなくなると思うし。

と、色々考えてきたけど、2011年3月11日は日本のものすごい転換点になる日だと思う。失われた20年の終わりのきっかけの日。既に9.11と対比して3.11と言う人も出てきている。これはなんの因縁なんだろうね。でもこの揺らぎは日本に残された最後のチャンスだと思う。これを逃さないように、自分たちに何が出来るか、考える。自分に何が出来るか、考える。この辺りでただのサラリーマンであってたいしたことのできない自分は無力感に押しつぶされそうになるけど、出来ることを増やし、何かできる自分になりたいと思う。30代はそういう時に。20代最後の1週間はその準備期間として。