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みんな最初はるり子だったでしょ〜映画「モテキ」感想

Movie Music

映画「モテキ」が興行収入20億円だそうだ。

正直驚いた。漫画もドラマもそれなりにヒットしたけど、あくまでも限定した層の中での話でしかなく、ここまでの広がりになるとは全く思えなかったから。なってくれれば面白いなと思ってはいたけど。

まず最初に全体的な感想から言うと、エンターテイメントとしては最高に面白い映画だった。音楽をふんだんに盛り込んで、ミュージカルみたいに仕立てつつ、テンポ良く笑いと涙をふんだんに織り交ぜながら進行していった、あっという間の2時間だった。

と前置きした上で、うーんって考え込んでしまったシーンについてちょいと言及しておきたいなと。

ドラマの「モテキ」は4人の女の子と着いたり離れたりを繰り返しながらストーリーが進行していくわけだけど、映画版は時間の制約もあるのだろうけど、割とラスボスである長澤まさみみゆきちゃんに一点集中してしまっている。まあそれはしょうがないことだと思うけど、宣伝広告とはちょっと違うよなと。特に真木よう子ファンは結構肩すかしくうんじゃないの?まあ一人一人は大根仁監督のこだわりにより物凄く魅力的に描かれているのでその点では見所がたっぷりあると思うけどさ。

その一方で、映画版での幸世はドラマよりクソ野郎になっている。人間的に好きになれない感じがより増してるというか。まあそれはそれで演出上の狙いなんだろうけど、人間性を疑いたくなるレベルだよね。

そんな中すごく引っかかったシーン。麻生久美子のるり子が幸世に「無理」って言われて泣きつくシーン。「神聖かまってちゃんとか勉強するから〜重いとか言わないで〜」っていうシーン。だから重いんだよって思いながらも、それを幸世が思いっ切りはねのけたシーンが、この映画的には裏のコアな部分なんじゃないかなと思うわけ。

この「モテキ」という映画は、前にも書いたけど音楽を主軸として進む、世にも珍しいリスナーが主人公の物語。それゆえ出演者の音楽に対するスタンスとか音楽をどう感じてどう行動するかなんかも表現手段として使われているいるわけだけど、監督の大根仁と原作の久保ミツロウの趣味で、あえて大ヒット曲は外されているわけ。マス・メインストリームじゃなくてサブカル。ジュディマリじゃなくてYUKIソロ。AKBじゃなくてももクロ

でもさあ、最初からサブカルどっぷりな人なんている訳なくて、どっかで何かに出会って、そこからはまっていくわけでしょ。んでもって最初のきっかけは好きな人が聴いてるとかだったりするとかあるじゃない。そしていろいろ調べたり文脈理解して広げてったりするわけでしょ。共演とか仲良しとかオススメとかそこから広げてどっぷりはまって世界を広げていくんでしょ。るり子は昔の幸世であり、大根仁であり、久保ミツロウなんじゃないのかな。どこまで狙ってやったんだろう。確信犯的にやったとしたら、相当な自傷行為だよね。

でもそれをはねのけてあれでるり子は退場決定したのに結構がっかりした。物語としてはそれでアリなのかもしれないけど、あまり救われてないよなー。入門させなよ、というのが率直な気持ちであったり。サブカルこじらせすぎて選民思想持っちゃう痛い人でしかないよなあ、というのが鼻についたのでありました。そこにある物が全てじゃないはずなんだけどな。どの曲でも同じ反応するロキノンファンみたいなもんか…曲と反応がマッチしたらいいけど、みたいな。いやなんか合ってるような違うような…まあいいや。

でもまあ面白かったよな。色んな所に色んな小ネタがあったし。もう一度見たいな。