たにみやんアーカイブ(新館)

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こんな美術の教科書がほしかった:書評「美術の物語 ポケット版」

小学校〜中学校と、とにかく美術が苦手だった。とにかく絵が苦手だったんだな。いや、彫刻とか造詣もダメだったな。とりあえず美術の時間、大嫌いだったんだ。だから、美術についてはずっと避けていた。描く方ももちろんのことながら、展覧会とかも殆ど行ったことがないし、画家の名前から作品名も殆ど浮かばない。

でも、去年読んだ本で一番面白かったのは美術の本なのだ。読み終わったのは今年に入ってからだけど。これは本当に読んで良かった。

美術の物語

この「美術の物語」っていう本は美術史の教科書としては相当スタンダードな本らしく、数年前に和訳が出たときはそれなりに話題になったみたいだ。しかしながら、通常版は大きく、高い。そんなところに、海外では出てたので待望されたペーパーバックが去年の11月に出たわけ。「ポケット版」として。

だけどな。このポケット版、ポケットには入らないよ。

まあそれはいい。あまり内容には関係ないから。

さて、この「美術の物語」は、世界の美術の歴史を一気に串刺しにして紹介する本。すごいのは原始時代の壁画から現代までの広い範囲を通して説明すること。もちろん、絵だけではなくて、彫刻・建築も含めて、幅広い範囲の美術を紹介している。原始、ギリシャ、エジプト、ローマ、中世、ルネサンスバロック、近代、印象派、現代、なんでもござれ。これらが豊富な図版とわかりやすい語り口の文章によって紹介されている。

そう。この本の魅力その1。とにかく図版が豊富。その数400強。パルテノン神殿も、ミロのビーナスも、モナ・リザも、もちろん。それだけでなく時代が分かる様々な美術作品がフルカラーで図表としてでている。もちろん写真だけでは本物の手触りとかを感じられるわけではないけど、とにかく沢山の美術に触れることができ、その変遷を知ることができる。これがなぜいいのかっていうのは後で書くけど、今まで知らない作品を沢山知ることができた。まあ、あえて言えば本文は薄い紙、図表は厚い紙で分けて作られているので参照するためにページ移動をするのは若干面倒ではある。まあそれが不満なら通常版買え(通常版では文章と図版は原則同じページにあるらしい)って話になるけど。

そしてこの本の魅力その2.文章がとにかくわかりやすく、読ませる。っていうのは、僕みたいな美術全然わかんない人でも分かるし引き込まれるよという話。まあ美術史といっても美術だけの歴史として語ってるわけではなくて様々な歴史的な要素と絡み合って美術が発展してきたことを物凄くわかりやすく説明してくれている。キリスト教ローマ帝国での公認後における美術作品の多くは宗教の教えや聖書の内容を説明するために作られたこととか、その後も様々な要請を受けて作られたこととか、ルネサンス後の美術の停滞と再生の繰り返しとか、時代と美術の密接な関係がすごくよく分かった。訳もいいんだろうな。それこそ「物語」として語られているから、退屈しない文章になっている。

面白かったのは、ルネサンスくらいまで一貫して絵画も彫刻も写実性が向上していきながら、19世紀辺りからは模索を繰り返しながら写実性は一進一退になって色々表現の仕方ができあがっていくという話。他の作品の図表と比較してどう見えるかとか構図の違いとかを説明してくれるのがいい。この頃の絵は色々個性があって好きだな。ルネサンス期の明るい色の絵も好きなんだけど。

この本(みたいなの)を中学生くらいの時に読んでいたら、僕だって美術嫌いにはならなかったんじゃないかな、と思うんだな。僕が歴史好きだから(レキシも好きだけど)この本がめちゃはまったというのは確かにあるんだけど、この本は何かを知るにあたっての僕の基本的な態度を合致しているので物凄く良かった、というのもある。それは、「とにかく沢山のものに触れる」ということである。音楽についてはとにかく沢山聴くことにしてて、それこそ今までどれだけ聴いてきたかよく分からないしその周辺の話を色々調べたりしたけど、それが今の自分の音楽趣味を作りあげたのは間違いないと思っている。大学時代には経営学とかマーケティングとか経済学の本を沢山読み(それでもまだ足りない気はしてたけど)、先生に献本された大量の本を研究室から借りて読んで自分なりの考えを作ってきた、というのがあって、とにかく僕は多くのものに触れてそこから自分のものの見方考え方を作りあげていくというスタンス。だからすごく沢山の美術作品をその文脈と共に教えてくれたこの本は読むのが本当に楽しかった。

なので教育もそんな感じであればいいんじゃないかな、と思ってる。横尾忠則がこどもの好きな絵を模写させるという形で絵の授業をしたりとかいうのはそれと近いものがあるんじゃないかなと。その前段階としていろいろなものを見せて、それぞれの好きなものを見つけさせて、そこから広げていけばいいのではないかなと。無地のキャンバスからしか創造性が産まれないなんてことはないんだから。ああ、こんな美術の教科書がほしかったな。