たにみやんアーカイブ(新館)

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良くも悪くもアメリカ的。〜書評:「世界の経営学者はいま何を考えているのか」

この本自体は去年のうちに読み終わっていたんだけど、色々ドタバタしちゃって書くのが遅れてしまった。 世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

本書の著者の入山さんはニューヨーク州立大学ビジネススクールでアシスタントプロフェッサーとして活躍している人。大学生の時は経済学部→経済学修士だったそうな。そんでもって産業界の人とかと交流する中で自分が教えている「世界最新の経営学の知見」が日本に驚くほど伝わっていないということなので痛烈に問題意識を感じ、日本人に伝えたいということでこの本をしたためたということだそうだ。

まず最初に総評からなんだけど、この本は普通によくできている本だと思う。それぞれのトピックに関する説明は簡素でかつどれも読みやすい。

ハイパーコンペティションという現状認識と、だからこそ積極的な経営行動を取らなくてはいけないというのはまさにその通りと正鵠を得た思い。知識の幅と深さの両方を追求すべきだとする両利きの経営もあるべき姿だと思うし。ファイナンス的考え方を取り入れたとても「現代的」な経営手法であるリアルオプション、などなど考え方を共有したいコンセプトが沢山出てくる。そしてそれぞれのトピックは20ページくらいで書かれているのですいすい読み進めることができる。そういう意味で、経営というか企業行動について興味のある人にはオススメの本であることは間違いないと思う。

しかし、この本を読んでいてどうしても気になった点がある。それは経営学という学問分野の根幹にも関わる話であるんだけど、特にこの本の立場で顕著な話。この本では今の世界の経営学は仮説検証型のアプローチをとり、統計的手法による論証を主体としているという。ただその手法が果たして妥当なのか、ということはどうしても気になってしまう。それ以外の手法によるアプローチは本当にダメなのか。

実はここについては著者が「過去の人」と切り捨ててしまっている(というと若干言葉が過ぎるけど)ヘンリー・ミンツバーグが真っ向から異議を唱えている。経営にはアート(直感の力)・クラフト(匠の力)・サイエンス(科学的思考)の三要素があり、アメリカの経営はサイエンスに比重を置きすぎている、と。彼の見方に沿うのであれば、統計的手法でぐわっとやる感じの経営研究はまさにサイエンス的スタンスそのものであり、更に偏った見方を助長する物だということになる。まあアメリカの経営学の最新トピックスの紹介本だからそうなるのは当然ともいえるけど。

まあ加えて言うとサイエンスを否定しアートとクラフトによる経営を行った最も顕著な例がまさにアメリカ企業であるAppleだったりするわけだけだけど、その指摘は本書でも気にして触れている「経営学って実際役に立つの?」という問いと「経営学は学問たりうるのか」という問いの間に投げ込まれたきつい指摘であると思う。実際この二つの質問は相反している節がある。純粋に学問としての精密さを求めようとしていくと、「理論としての整合性・完成度」の追求に目が向いて最終的に現実へのインプリケーションは無視されてしまうのではないだろうか。そんな中学問的要素を否定(しているかのように見える、もしくは重視していない)Appleが躍進したというのは「結局経営学なんて意味なくない?」みたいな話にも繋がってしまう。とはいえ、本書の中でわりとぞんざいな扱いをされている「リソース・ベースド・ビュー」なんかはクラフト的な物の見方と親和性が高いし、実際日本でも相当盛んである(アメリカにおけるRBVと日本におけるそれはずいぶんと違いがある、というかそもそもRBV自体が烏合の衆的で共通の理論的下敷きがあるわけではないという指摘もあるけど)。帰納的な研究手法も含め、もっと多様でいいんじゃないの、と僕なんかは思ったりするもんだけど。答えもアプローチも一つじゃない。それが社会科学の醍醐味なんじゃないのかな。

んで「経営学は役に立つのか」という話。僕は基本的にYesだと思う。人間行動は論理化できないというけど、論理的的でない部分があるという話で、だからこそ論理で詰められる部分は論理で徹底的に詰めておいた方がいいという話。日本はアメリカと対照的にアートとクラフトに寄りすぎていてサイエンス的要素がないがしろにされすぎてる感があると思っている。そこにバランスを取るというか書けている要素を取り込む必要はあると思う。そういう意味でもこの本は有益。ただ、なまじわかりやすいが故に「最先端の経営学の潮流では」とか「アメリカでは」とかが口癖のいわゆる「出羽守(でわのかみ)」になりかねない要素も多分に含むので、しっかり読んで現実とリンクさせながら思考を深めていくのがいいと思う。

○参考

日本の経営学はどうなっているのという話には例えば「現代の経営理論」なんかがいいかな。まあこの本一橋大学の人しか書いてないから偏りはどうしても否めないけど、俯瞰的でいい本だと思う。ただ、比較にならない程難易度が上がってしまうので、そのまま次のステップとして読むのは若干ハードルが高いかもしれないけど。

現代の経営理論

あと全般的に俯瞰的に見たいなって人はミンツバーグの「戦略サファリ」がいいかな。これもずいぶん骨があるけど。昨年末に待望の第2版が出版された。しかしこれ本国での出版2009年なんだよな。そういう風に入ってくるのが遅いという意味では日本はちょっと厳しいな、という気がする。経営学書のマーケットが小さいということなんだろうなあ。ただいま読んでる途中。

戦略サファリ 第2版 -戦略マネジメント・コンプリート・ガイドブック

 

難しい本ばっか挙げてしまった。今度入門書一気紹介とかやろうかなあ。いうても大学卒業してから今年で8年になるから多少古びてしまっている物とかもあるかもしれないけど。