たにみやんアーカイブ(新館)

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パスピエのこれまでとこれからの話をする〜ディスクレビュー:パスピエ「演出家出演」

というわけで今年一番発売を楽しみにしていたアルバムであるパスピエの「演出家出演」を購入して聴き通してきたのでレビュー。


演出家出演

先に結論めいた物を言うと、クラムボンの「2010」を聴いたときのように先行で大半の曲を聴いて臨んだので新鮮さは少し薄かったけど、良く出来てるアルバムだしこの後言うとおり「脱・ポスト相対性理論」、すなわちパスピエを「パスピエ」として知ってもらうために申し分ないアルバムなのではないかと思う次第。そんなわけで今年のパスピエ自体のレビューをしつつパスピエのニューアルバムのレビュー。

1:素顔段階的解禁話題連続的発表戦略

この話をするときに、どうしても避けて通れないのが「相対性理論との類似性」とか「ポスト相対性理論」という話で、パスピエの話題出す度に相手に「相対性理論っぽいよね」ともう何度も言われてて正直食傷気味なのでこの話はしたくないんだけど総決算の意味でもとりあえずしとかなくちゃなあとは思う。露出に対するコントロールの徹底・言葉遊びを多用した歌詞・ボーカルによるアートワークと世界観の演出という点では両者に相似形は認められるけど、アウトプットとしての音楽性は別物。色んな所で指摘されてるとおり、相対性理論の音楽は「匿名性」をフックにした、ある種リスナーを突き放しているかのような雰囲気を持つのに対して、パスピエの音楽はそれぞれのルーツを反映させながら独自の物として昇華させつつ、生身のバンドアンサンブルが直球でリスナーにぶつかってくる、ある種「記名性」の高い物となっている。だから違うんだよ、聴いたら違うってわかるはずだよ、というのは声を大にして言いたい。

因みに、今作の発売を機に行われたHMVのインタビューによると各メンバーの好きな音楽は以下の通り。

全然バラバラだけどそれが全て反映されているのが面白い。因みにここでも大胡田なつきが「聴いたときに温度・湿度を感じられる曲が好き」と言っており、パスピエの音楽性にとって「体温」や生身感のような物が重要視されていることがうかがわれる。

さて、そういう音楽性のパスピエだけど、昨年「ONOMIMONO」が発売された時点では、一切素顔を公開しない「匿名性」の高いプロモーション戦略をとっていた。ナタリーに公開された昨年のタワレコインストアライブの記事ではライブなどの写真はなく、セッティングされている機材だけが写真掲載されるという少し奇妙なレポートになっていた。また、昨年12月にHighAppsのイベントに出演しそれがUstream配信されたときはパスピエの時だけ映像無しになっていた(因みにその時が僕がパスピエのライブに触れた最初の瞬間。えらい上手いなあと思ったのを覚えている)。それが今年になって突如として方針転換する。正確に言うと仕掛けるべき時期を待ってた上で一気に来た、が正しい表現なのだろうけど。

そこからの動きはめちゃめちゃめまぐるしい。大小様々な発表・イベントが矢継ぎ早に、それこそ息つく間もないまま行われた。ちょっとここで整理してみたいと思う。あくまでバンド自体が主体となって仕掛けている物を中心に、その他のイベントごとを多少加えた形で。

  • 1月9日:iTunesニューアーティスト2013選出、「名前のない鳥」iTunes Storeで配信開始、アーティスト写真公開(ぼやけててよく見えないバージョン)、1stシングル「フィーバー」リリース発表、自主企画「印象A」開催決定、山下智久に「怪・セラ・セラ」提供発表
  • 2月10日:TOKYO FM「TOWER OF LOVE」キャンペーンに「ON THE AIR」を提供することを発表(翌日メンバー出演でオンエア解禁)
  • 2月17日:ARABAKI ROCK FEST.出演決定
  • 2月22日:スペースシャワー列伝(6月26日)に出演決定
  • 2月27日:iTunes Storeで「ON THE AIR」配信開始
  • 3月8日:「フィーバー」MV公開(初の実写MV。しかし暗くて顔はまったくわからない)
  • 3月16日:広島「MUSIC CUBE」出演。the band apart原さんがTwitterで絶賛。
  • 3月20日:1stシングル「フィーバー」発売。オフィシャルTwitterアカウント開設。泉まくら・Fraggmentとの「最終電車」Remixの制作発表。新アーティスト写真公開(現在も使ってる物。顔の上半分が黒塗りされている)。
  • 4月2日:自主企画「印象A」東京公演開催。自主企画第2弾「印象B」の7月3日(東京)・7月5日(大阪)開催とアルバム「演出家出演」の6月12日発売を発表。
  • 4月19日:「最終電車」Remixがタワーレコード限定シングルとしてリリースされること、OMSBのリミックスも収録されることが発表。
  • 5月1日:「印象B」の対バン相手がthe band apartであることが発表され、アルバム「演出家出演」の初回限定盤形態も発表される。
  • 5月21日:「演出家出演」が全国のタワーレコードで先行試聴開始。
  • 5月22日:「最終電車 featuring 泉まくら」リリース(発売後即完売して追加プレス決定)。
  • 5月29日:「演出家出演」より「シネマ」を先行無料ダウンロード。
  • 5月31日:「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」出演決定。
  • 6月1日:「演出家出演」のリードトラックとして「S.S.」のMVが公開(実写でメンバーの顔がくっきり。ただし下半分のみ)。
  • 6月11日:「演出家出演」iTunesで発売(その日のアルバムチャート1位)・店着日。東名阪ワンマンライブツアー発表。

その中で特筆するべきは重要なリリースとツアーの予定を途切らせずに発表していることと(ライブの日にリリースを、リリースの日にライブを発表しているケースが多い)、素顔を段階的に発表していること(太字で強調しといた)。最初はこんな感じだった彼らが、

1月9日にこうなり、

2ヶ月後に初めて動く姿を見せ、

http://youtu.be/sTzfwboG1w4

それに合わせたアーティスト写真となり、

そして今作のリードトラックのMVでかなりはっきり見えるところまで来ている。核心部分以外は。笑

youtu.be

このようにワンマンライブまでのどこかの過程で素顔の解禁があるのだろうけど、先ほど指摘したようにリリースやライブの話題を常に絶やさないようにしていることを鑑みると、シングルのリリースとかタイアップとかあるのかなーなんて予想をしてみたり。「演出家出演」の曲からMVもう一つ出してそこで解禁かな、と思ってたんだけどワンマンの日程がここからずいぶん先なのでそっちの方が可能性あるかなー。

この辺の意図の話はレジーさんが成田さんと大胡田さんにメールでインタビューした記事に書いてあるのでそちらを読んで頂ければ。パスピエ側は「あえて」最初はああいうスタンスの露出方針をとり、足がかりを付けた上で、どこかでひっくり返すことにより「パスピエ」と言うバンドを「相対性理論のフォロワー」とは違う一つの個性を持ったバンドとして認知してもらう機会をうかがっていたのだろう。そのツールとしてか、パスピエはメンバー全員がTwitterアカウントを持っていて全て公認アカウントであるという特徴がある。というか成田・大胡田以外のメンバーはフォロワーが2000人ちょっと位なんだけどそれでも公認アカウントに出来るんだってのに驚いた。あとはCDの帯に「タグ」としてキーワードがついていたりするのがインターネットよりというかそういう時代のバンドであることを示しているというか。

結果的にこうした話題作りとバンド自体の力量がきっちり噛み合って結果としてオリコンデイリー初登場5位。ひとまず脱「ポスト相対性理論」はできたんじゃないか、という感がある。更にここから「パスピエ」というバンドの地位を確立できるかは、まあここからの話だよねってことでアルバムの中身の話でもしましょうか。

 

2:アルバムの中身について

最初に聴いた時に感じたのは6・7曲目「くだらないことばかり」「デ・ジャヴ」が今までと全然違う方向性の曲だったことへの戸惑い。そしてそこから一気に揺り戻しみたいな感じできた「はいからさん」での安心感。でもまあ何度か聴いたら馴染んだかな。それよりも最初5曲が強力すぎるのと既に先行で聴き過ぎてたことによって後半6曲となかなか通しのアルバムみたいに思えなかったというか楽しみ先取りしすぎて痛し痒しみたいな所感。

先行3曲はとりあえず既に100回くらい聴いてるから置いておいて、他の曲の話をすると、MV作ったS.S.はとにかく超特急詰め込み型ポップス。MUSICAのインタビュー(コンプレックスとか自意識引き出す質問ばっかなのやメタルに関する無知が酷くて読んでいて不愉快だったけど)で言ってた「今回は10秒・15秒で引きつけられるようにしたい」という気持ちが最も投影された曲になっただろう。常に引っかかるポイントがあるため休む間がない。それから先行配信曲だったシネマ。これはミディアムテンポながら凄くダンサブルな曲で、リズム隊(ベース・ドラム)の凄い現代感とナリハネシンセのちょっとレトロなニューウェイブっぽい感じが絶妙なギャップを生み出してて凄く楽しい。

後半の6曲に関して言えば、「はいからさん」「ワールドエンド」の出来がずば抜けて良い。この二つとそれから「デ・ジャヴ」について言えば、ドラムとベースが面白い展開・アイディアをどんどん出しているのでこれまた聴いていて退屈しない。特にタムが効果的に使われている辺りとか含めて、ライブでやることを強く意識しているという言葉の通りのアレンジ。特に今日行った渋谷タワーレコードでのインストアライブでやった「ワールドエンド」は曲前にちょっとしたブレイクなんかも入ってたりしていたけど、今までの曲以上にCD音源との相似性を感じた。

というわけで全曲一言コメント。

  1. S.S.:リードトラックであり、メンバーの感じる現代の音楽像を投影した一曲。やっぱりここでも手数・情報量がキーワードなのか…(さっきのインタビューより)
  2. 名前のない鳥:今年のパスピエはここから始まった。このアルバムに入るとなんか逆にシンプルに聴こえる。
  3. フィーバー:パスピエというバンドの個性を際立たせている一曲。イントロのシンセの複雑な音階が個人的には凄く好み。
  4. シネマ:無料先行配信曲。今日もライブで聴いたけどこれなかなか踊れる曲だね。
  5. ON THE AIR:今回唯一のタイアップ曲。ラジオというテーマで、春っぽい感じを前面に出したまさにお手本的タイアップソングだけど完全にパスピエの曲という。これホントいい曲ですよ。なんだかんだで今作の曲中では一番好きだなあ。
  6. くだらないことばかり:個人的にはこの曲が一番ピンと来なかったのは多分僕がバラード調の曲そんなに好きじゃないからだろう。
  7. デ・ジャヴ:東京事変かよ!と最初聴いたら思うこと請け合いの曲。しかしながら大胡田さんこんな歌い方も出来るのねえってことに感心したりリズム隊の想像力に感心したりと、今回トップクラスに面白いなあと思えた曲。
  8. はいからさん:アルバム新曲の中では従来のパスピエの意匠を一番残してる曲かな?前2曲が変化球だったのでこの位置にあると凄く安心感ある。
  9. △:言葉遊びとちょっと早口で難しそうなサビの印象的なある種大胡田ワールド全開の曲、と言えるかな。ライブで聴いたらかなり面白そうだけどなかなかお目にかかれそうな気も。
  10. ワールドエンド:ドラムがとにかくすごく良くて、更に展開もドラマチックですごく好き。ギター・ドラム・ベースの3名がそれぞれ見せ場を作ってるリズム隊の本領発揮曲。既に聴いていた「ON THE AIR」を除くとこれが一番好き。
  11. カーニバル:最後にこういう暗い入りの曲を持ってくるのかーっていう感じ。そこから思いっきりアレンジがひっくり返ってまた元に戻って、またひっくり返る、というのがたまらない。クラシックの交響曲みたいな意匠のナリハネ節全開曲。まあ確かにこの曲は最後以外には入れられないわ。笑

総じて見ると良く出来てる。特に今まで先行曲とか聴いてきてない人はホントオススメしときますよ。勿論先行曲聞いてる人もお勧め。最後3曲はメンバーの個性が色濃く出ているというか、魅力を最大限に発揮しようとしている意欲的な作品群。音楽的に決して単純じゃないことをやってるんだけど、東京インディー界隈の人達ほど難解ではなく間口が広いと思うので、色んな人に訴えかけるところはあると思う。というか今日の渋谷タワレコでのインストアライブ見てても最前線が完全にモッシュピットになっててみんな汗ぐっしょりになっていたようで凄いなあと。印象A以外ではたいがい前の方で見てるんだけど、もう前では見られないかなあと思いつつ、「わりと普通のロックファン」にもパスピエの音楽が浸透しつつあることに素直に驚嘆した。ここまではきた。ではこの先は。もちろんバンドの地力はあるからそんなにすぐに天井が来るとは思っていないんだけど、あくまでもパスピエパスピエであってほしい。今のらしさを貫きながらどこまで大きくなれるか、より魅力を伝えていけるか。音楽好きな人の間にある程度名前が知れ渡った辺りが次のターニングポイントかな。しかしなんだかんだで今作の出来を見るにまだまだ期待していて全然問題なさそうだし第一にすごく好きなので(ここ重要)これからも応援する次第。

 

というわけで、パスピエのアルバム「演出家出演」、オススメです。