ロックの「環状線」とポップスの「水平線」の幸せな邂逅〜ディスクレビュー:the chef cooks me「回転体」
発売から半月ほどずーっと愛聴しているけど、the chef cooks meの「回転体」がめっぽう良い。
chefを初めて認識したのは5年くらい前にムラマサの対バンツアーに名前が載ってたときかな。実際日程の都合とかもあってその対バン行かなかったんだけど、ジャンルのくくり的な面から、レジーさんの言い方を借りれば「メロコア勘違い」に近い感じの先入観を持っていたのもまた事実。そんな中、WOWOWでやっていたRIJF生中継で放送されたこのアルバムのリード曲「適当な闇」が物凄く自分の中でヒットして、「え、ウソ!?chefってこんな感じなの!?ていうかこんなにいいの!!??」と思ったわけ。
なんでこの曲がジャストフィットしたのかなあと思い返すと、すっごくriddim saunterっぽい。特に後期リディムで見られたカントリーっぽいリズムがそう感じさせる。例えばこの曲みたいな。
まあリディムもそもそも本間さんが管楽器を鳴らすメンバーとして恒常的にいたし自分の吸収した物をアウトプットするセンスに優れていたので今のchefとかなり似ていると思う。
んで、それでその瞬間に調べたら1月後にアルバム出るのか、よし買おうということで購入を即断していた次第なんだけど、アルバムを一通り聴いて思ったのは、多人数構成になったゆえに音楽としての幅の広さと包容力の大きさが際立っている作品になったなあということ。恒常的にたくさんのサポートメンバー(ピアノ・トランペット・トロンボーン・サックス・コーラス2名をほぼレギュラーメンバー的な位置づけで、それからベースはLive/Recなどで変わるし、今回は曲によってストリングスまで入れている)を携えていることによって音楽の「ハッピーなアンサンブル感」が際立っているように思えた。
その上で。古今東西の音楽を吸収してそれを租借して一つの作品の中に違和感なく混ぜてアウトプットしているなあと思う(いつも通りジャンルレスとタイムレスという言葉に集約してしまいがちなんだけど)わけだけど、特に最近の曲なんかも大胆にモチーフにしていると思われる辺りが凄く面白い。
まず散々たくさんの人が指摘していると思うけど、1曲目の「流転する世界」での岩崎愛によるバックボーカルが上がっていくところで「水平線!」「感情線!」と重なるコーラスは□□□の「合唱曲スカイツリー」のコーラスのオマージュだろう。(因みに□□□村田シゲは元リディムの古川太一と共にクレジットのSpecialThanksに名を連ねている。)
その岩崎愛はプロデューサーであるアジカンのゴッチやHUSKING BEE磯部正文といった豪華なメンバーと共に再度5曲目の「環状線は僕らを乗せて」に登場し、ラップを繰り広げている。しかしゴリゴリロック畑の人が集まってやるのがどちらかというとヒップホップっぽいトラックであるというのが面白い。
そして最終トラック「まちに」はアカペラでワンコーラスサビを歌ってから伴奏が入り本格的に曲が始まる。まあこれも極めて□□□っぽいハーモニーではあるんだけど、アイディアとしてはceroの「水平線のバラード」を思わせるところもある。あそこまで徹底的にハーモニーにこだわってはいない(こだわれなかったのかもしれない)けど。というか「流転する世界」での「越えろ水平線!」というのはそこまで狙ってるのかな。考えすぎかな。
この辺りを指してMUSICAで有泉さんが「ceroと並ぶポップスの更新」という風に述べているのかは分からないけど、色々なジャンルなり先人の要素を吸収して素直なアウトプットとして出している辺りは、確かに「2013年の日本のポップス」を現在進行形で鳴らしていると言って差し支えないんじゃないかと思う。ロックバンドであるchefの音楽性が進化し(たとのことである)広がった結果、ceroや片想い、森は生きているなどのインディポップバンド群の音楽性と接近するに至ったというのは凄く面白いし、幸せな邂逅と呼ぶにふさわしい思う。何にせよこのアルバムはceroなどのリスナーにも(いや、むしろそっちの方にこそ)ドンピシャでハマるはず。間違いない。
というかそもそもchefってロックバンドなのか、という話。この辺が今日のメインテーマ。多分、出自としてはそうなのかもしれない。しかし、現在の彼らは確実にそう考えずに活動を行っているようだ。その点について最も端的に述べているのがROCKIN'ON JAPANの今月号。
ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2013年 10月号
ここでボーカルのシモリョーは直球で「日本はロックよりもポップスの方が面白い」と言いきっているのだ。具体的に面白い点として、「筒美京平が歌詞を書いていること」「ティン・パン・アレイがバックやってること」の2つを例に挙げている。大御所筒美京平については今更説明する必要もないと思う。ティン・パン・アレイとははっぴぃえんどが解散したあとに細野晴臣がソロアルバム「HOSONO HOUSE」を一緒に制作した鈴木茂、林立夫、松任谷正隆と結成したバンドで当初はキャラメルママという名前だったのでそっちで知っている人もいるかも。わかりやすい例を挙げると、映画「風立ちぬ」で主題歌に使われた「ひこうき雲」はまさにこの「ティン・パン・アレイがバックやってた」ポップスだ。
しかしここでもはっぴぃえんど→ティン・パン・アレイといった70年代バンドが出てくるんだな。今年の夏に森は生きているがはっぴぃえんどのフォロワーであることを公言してインディポップ界隈で話題になったけど、今の日本のロック・ポップスの源流を辿るとここに行き着くし、インターネットやiPodなどの大容量DAPの普及で昔の音楽も簡単に聴けるようになったことでよりアクセスしやすくなったのかな。それによりなんかここに来て再評価の流れが来てる感がある。因みにはっぴぃえんどに関してはceroもこの前のLIQUIDROOMでのワンマンライブにて「風街ろまんの風街ってこの辺なんだよ」ってMCをしていた。両者のルーツは確実に繋がっているわけだ。
この辺りのはっぴぃえんど〜ティン・パン・アレイの歴史的意義の話は牧村憲一さんの「ニッポン・ポップス・クロニクル1969-1989」に詳しいところ。YouTubeで音源聴きながらじっくり読むのがおすすめ。因みにKindle版は紙の単行本の半額。
因みに、今作が適度に肩の力が抜けてポップスとしての響きがいいことと関連して、シモリョーは今のロックバンドのアティチュードに真っ向から疑問を投げかけている。「今のロックバンドのポップスに対する考え方は画一的」だと厳しく指摘しているほか、斜に構えたりひねくれたりしたスタンスの詩を書くのはやめた方がいい、というようなことも言っている。多分に自分の音楽・表現に対して自覚的だし、今の邦楽ロックのタコツボ化・閉塞感みたいな物も多分に感じ取っているんじゃないかと思う。凄く共感することも多かったし、このJAPAN10月号のインタビューは必読だと思う。
というわけで「回転体」、すごくいいのでおすすめ。ロックとかポップスとか比べてどうこういうのが馬鹿らしくなるくらいに気持ちよく聴ける。1曲目から4曲目までのたたみかけるハッピーチューンも凄いんだけど、10曲目「song of sick」も最強のポップソング。ポップミュージシャンとしての矜恃そのものだよね、この曲は。
これは是非とも生で見たい。アルバムツアーは来年3月かー。